その地域ならではの花が咲いたり、夕陽がきれいだったり。
友人たちから「すごくいいね!」と
温かい反響をもらった。
私の故郷である沖縄、そのなかでも自然と暮らしが色濃く残る「今帰仁村」をテーマに選びました。青空がよく似合う、美しい風景が印象的な村です。マチオモイカレンダーの公募にあたっては、自分の好きな景色の空気感を伝えるために、その場所の象徴となるテーマカラーを設定し、情景の美しさが鮮明に、印象に残るような配色を意識しました。採用され、カレンダーが出来上がった時は、身近な友人たちから「すごくいいね!」と温かい反響をもらったことがとても嬉しく、次へのモチベーションに繋がりました。
亡き母が、
いちばん喜んでくれた仕事に。
出身地の山口県下松市をテーマに選びました。この町が大好きで、詰め込みたい要素がたくさんありましたが、「星降る街」のキーワードに合わせて、星・新幹線・人のぬくもり、の3つに要素をぎゅっとしぼってビジュアル化しました。実は、2022年のカレンダーにも採用されたことがあるのですが、当時、母が、私の歴代の仕事の中で一番喜んでくれました。まわりの友達にもPRしてくれたし、担当月の1月が終わるのを残念に思ってくれていました。私が大きな仕事を成し遂げても大袈裟に喜ばない人だったので、本当に嬉しかったです。今回の採用も天国で喜んでくれていると思います。
東日本大震災の避難中に
お世話になった方達にも送りました。
生まれ育った福島県双葉町をテーマに選びました。2011年、東日本大震災での被災を経て、「田舎のつまらないマチ」から「とても大切な場所」に自分の中で変化したことが理由です。故郷を改めて調べたところ、実は多様性に富んだ文化が存在したマチだと知りました。多様性を表したくて、マチの人たちが一同に会する夏祭りの装いをモチーフに選びました。震災前の資料を集め、各地区、団体、地域企業の法被や浴衣の図柄を丁寧に書き起こしました。カレンダーが出来上がり、かつての同級生たちや東日本大震災の避難中にお世話になった方々に生存報告も兼ねてご報告したところ、大変喜んでもらいました。ウン十年ぶりにご縁がつながり、再会するきっかけになりました。
知人の実家もカレンダーが!
全国配布を実感!
ご縁あり暮らし始めた町で、1000年以上も続いている「御嵩薬師祭礼」の様子を描きました。ローカルなお祭りですが、毎年4月の第一日曜日と決まっていて、桜が綺麗なときもあれば、早く散ってしまうと桜がないときもあるので、毎年、桜が美しい時期になりますようにという願いも込めて、桜を背景に入れました。カレンダーが出来上がった後、近所の人から「見たよ!」と声を掛けてもらったり、離れて暮らす両親からも「郵便局行ってきた!」と連絡を貰いました。遠方の知人から、山形県のご実家にあったカレンダーを「何気なくみてたら載ってたからびっくりしたよ!」と連絡をもらったりして、全国配布されたことを実感しました。一緒に掲載された御嵩町の郵便局の人たちも喜んでくれました。 美しい自然と動物、人が混ざり合ったこの場所を大切にしたいです。カレンダーをきっかけに、地元の宇都宮中央郵便局様で約1か月もの間、掲載記念としてイラストの展示をして下さいました。これからも、イラストレーションを通してその地域の人の魅力や文化を伝えられるような仕事ができたらと思います。
人生100年時代、
地域のために仕事や活動をしていくことは重要。
残雪が眩しい北アルプスに泳ぐ鯉のぼりが絶妙にマッチした小宇宙を撮影しました。最近、長野県の上田市内で写真絵本の写真展を開催したところ、中条郵便局局長がお越しくださいました。全国で配布されるカレンダーに掲載されたことを地域の皆様が喜んでいて、5月になるのが楽しみですと!人生100年時代、地域のために仕事や活動をしていくことは今後も重要になってくると思います。仕事で地域の方に喜んでいただけるということが、活動の原動力になり喜びにも繋がっています。二拠点生活をしている方は地元の方が気づかないような魅力を感じることも多いと思いますので積極的に交流して情報を集めたいと存じます。
この愛すべき日常風景のあるマチを
知ってもらえてうれしい。
どんなに美しいものでも、毎日見ていれば慣れて感動は薄れてしまうし、どんな名曲もリピート再生し続ければ嫌いにさえなってしまうのに、物心ついてからずっとそばにある剱岳という山は何十年見続けても未だに感動的。今回採用いただいた作品は、近所のスーパーに洗剤か何か、切らした日用品を買いに行った帰りにふと目線を上げたら息を飲むような剱岳の風景が広がっていて、その日のうちに衝動的に描いたものです。描き上がってみると、感動的というよりはなんだか愛情表現のような作品になっていましたが、マチオモイカレンダーのおかげで、この愛すべき日常風景のあるマチを広く知ってもらうきっかけができて嬉しいです。
「その年はなんとなく能登に帰省するのを控えた」と語るのは、中 乃波木さん。2024年元日、臨月を迎えていた彼女は、金沢市内の自宅で家族と過ごしていました。そこへ能登半島を襲った大地震。「うちは夫も能登出身なので、能登での年越しがお決まり。親戚も多く、いつも賑やかなんです」。乃波木さんは被害の大きかった両実家をサポートしながらも、1月20日、男児を出産。わずか2時間の安産でした。赤ちゃんのエネルギーが周囲を和ませたことはいうまでもありません。子どもを抱えながらも自分にできることはあるはず、と入院中でもSNSで支援金を募り、退院後はチャリティ個展を開くなど精力的に支援活動を続けました。
能登との出会いは、乃波木さんが12歳の夏。突然、陶芸家になると言い出した東京生まれの母に連れられ、縁もゆかりもない柳田村(現・能登町)に移住。「バスが森の奥深くに入っていくにつれ、昔アニメで見たような風景が広がっていきました。川の音、鳥の声、満天の星空…。都会にいたときは、なんとなく日々を過ごしていたんですが、能登に来てからは新しい自分がスタートしました」と語ります。都会からきた転校生は、能登の大自然とおおらかな土地の人の輪に飛び込み、人生を切り拓いていきます。「自由奔放な母を持ったことで得られた経験は私の個性。そして、能登の大自然で育まれた感性が私の土台となりました」。のびやかで瑞々しい文章で綴られた自伝『い~じ~大波小波』は、まさに乃波木さん自身の「マチオモイ帖」です。
今回、「ゆうちょマチオモイカレンダー2026」の表紙に選ばれたのは、乃波木さんが2018年に撮影した「白米千枚田」。震災前は、1,004枚もの小さな田が連なる景勝地でした。田植え直後、水を張った田んぼに空の色が映る一枚です。「普段は何気ない日常の風景を撮るのが好きですが、あえて、観光地としても知られる千枚田の美しさとその変化を伝えたかった」と乃波木さん。大きく崩れた場所もあるけれど、再び、稲が実り始めた田んぼもあるようです。「震災の記憶は、時が経つほどに忘れられていく。仮設住宅での暮らしを続けている人もたくさんいる。何も変わっていない場所も多い。美しい能登半島のたくましい姿を、写真とともに思い出してくださるとうれしい」。乃波木さんは、今日も家族4人で日常を過ごせることに、感謝していると語ります。
写真)乃波木さん(左上)と夫で画家の大森慶宣さん。長男の創晴くん(4歳)、次男の雪晴くん(1歳)
タイトル「○○○帖」は「実際にある町(地域)名+帖」にしてください。
現在は使われていない町(地域)名でも可です。「都道府県」「政令指定都市」など広範囲にわたる地名は対象にせず、「町」以下まで絞り込むことが基本です。小単位での「町」を想うビジュアルであることが、この「マチオモイ帖」プロジェクトの趣旨です。(どうしても「町」で考えにくい場合は「市」「区」「郡」などの地域名も可です)下記は例となります。
日本国内の町を対象にしたものに限ります。
ビジュアルの季節感を、春・夏・秋・冬・オールシーズンから選択。
1点につき200字以内。
わたしのマチオモイ帖制作委員会
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E-mail:support@machiomoi.net
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